成瀬巳喜男の戦前の小品 ”まごころ”
全編で1時間ちょいの長さです。
小学校に通う信子と富子は、大の仲良し。
冒頭のシーン、途中まで一緒に下校
それぞれの家へ帰ってゆくのですが
成瀬作品の特徴である
微笑み返しならぬ視線返しが炸裂。
富子の家から信子の家への切り替えショットで
眼のポジションを揃えるという。
信子は
かつて自分の父親と富子の母親が
恋仲だったという話を耳にしてしまいます。
翌日、校庭の草むしりの時間に
なんとか富子に近づこうとする信子。
(立ち上がると教師に怒られてしまうので)
草を取るふりをしつつ、富子に接近。
二人きりになった後、
信子は富子へ
「あなたのお母さんと私のお父さんは昔・・・」
と伝えます。
ここはですね、驚異の名場面です。
話の中身が中身だけに
どちらにも葛藤やショックがあるわけです。
それを二人の距離感(近づいたり離れたり)と
姿勢(立つ、座る)や向きの違い(横すわり、椅子にまたがる)
の変化によって表現しています。
このシークエンスは
ヒッチコック、ワイルダー、黒澤、小津監督もひたすら平伏ですよ。
何気ないシーンなんですけど
あらゆる映画表現の最高峰、
まさに成瀬巳喜男の真骨頂であります。
家へ帰った富子、
団扇をあおぎながら
お母さんを疑いの目で見つめます。
おー、なんという映像美。
水着に着替えて近くの河原へ。
川の水で涙を拭います。
しかし、沈んでいく心を止めようがありません。
(この後、河原に突っ伏してしまう)
そこに信子、
信子の父、富子の母親がやってきます。
表情が固くなる富子ですが
懸命に心の整理をつけようとします。
河原で怪我をした信子はお父さんに
おんぶしてもらって家路へ。
お父さんの耳を引っ張って
「さよならを言わないとダメでしょ」
と優しくささやきます。
信子たちが帰った後
富子もお母さんにおんぶをせがみます。
そして同じように耳を引っ張って
後ろを振り返させます。
「おやおや、そんなことをしてもどこにも誰も居ませんよ」
「お母さんもさよならを言わなきゃ」
またまた超絶の名場面で
子供たちは親の過去を受け入れたわけです。
(子供たちの想像と実際は違っていたのですけれど)
それを責めたりはしない。
でもこれからは、私のお父さん、お母さんで
ずっといてね
というお願いをしてるわけですね。
撮影当時(1939年)は既に戦時色が強い頃で
この映画も戦意高揚のシーンがかなり盛り込まれています。
そういったパートは今観ると、時代を感じますし
違和感を覚えるセリフ(大人たちが交わす)も少なからず。
上映時間も短く内容も地味、大スター大挙出演というわけでもないので
およそ日本映画のベストものなどには登場しません。
成瀬監督の残した作品としても
ほとんどスポットが当たることはありませんけれど
幾つかのシーンは、本当に映画の宝物だと思いますね。
映画好きの方なら
死ぬまでには、是非一度は!