イングマール・ベルイマンの1968年作品
”狼の時刻~Vargtimmen”
日本では劇場未公開だったようで、ベルイマンの作品としては
あまり知名度は高くないかもしれませんね。
冒頭からして変わったスタート。
小屋から一人の女(リヴ・ウルマン)が出てきて、テーブルに座ります。
「主人が行方不明になってしまって・・・」
とカメラに向かって話し始めます。
この時、画面の外からは ”用意いいですか?静かにして・・はい、それではスタート!”
と撮影チームらしき音声が入っています。
妻の記憶をもとにして、夫がいかにして消えてしまったかを
再現フィルムにして、これからお見せしましょう
というイントロになっているわけですね。
この北海の島に二人でやってきた数年前は
夫(マックス・フォン・シドー)は妻に優しかったのですね。
愛する妻の絵を描く毎日。
(夫は画家という設定です)
ところが妻が妊娠してから、夫の態度がよそよそしくなっていきます。
(撮影当時、ウルマンは実際にベルイマンの子供を身籠っていました)
どうしたのかしら、うちの旦那・・・
夫が書き溜めている日記を留守中に読んでみると
そこには様々な夫の過去や幻想が綴られているではありませんか。
それも尋常な内容ではなくて、
海岸で絵を描いていると一人の女がやってきて
いきなり服を脱ぎ始めたり
釣りをしていると、裸体の男の子が
これまた傍に寄ってきます。
明らかにセクシャルな描写になっています。
この後、夫は少年に対して異常なまでの暴力をふるうのですが
別のシーンでも、感情が爆発して
いきなり他人(こちらでは大人)に殴りかかったりします。
うちの旦那、まずいわ
どうしよう
どうしたらいいのかしら・・・
夫の錯乱状態は頂点に達し
親子ほど齢の離れた老婆の足を舐め、抱き合ったり
遂には自身の顔にメイクを施してもらうのですが
もう、精神は崩壊していく一方になってしまうのです。
つまり、この男は
性的願望に満ち満ちていたんですね。
若い女も好き、同性愛(少年愛)の傾向もあり、年上のマダムも好き
しかしそれをグッと抑え込んでいたわけです。
絵を描くこともその代償行為なのでしょう。
そして奥さんが妊娠したことにより、
性的欲求を満たす対象が無くなってしまったんですね。
もう欲望爆発、自身のジェンダーも崩壊
うわー、もう俺は我慢できない、やってられない
その結果が行方不明、かと。
(プライベートなパートナーでもあるウルマンが妊娠していたわけですから、監督の心のうちが表現されているとも取れますよね)
謎めいた怪しいシーンや登場人物が出てきますので
色々な解釈が出来るかと思うのですが
それらはあくまで 再現フィルム内の ”出来事” だと思うんですね。
ホラー的な雰囲気も強いんですけれど、これはホラーではないでしょう。
映画の最期、ウルマンは諦めたように呟きます。
「私は夫が抱えている悩みについて、私なりに共有してみようと努力したんです。それが間違っていたのかしら・・・」
ベルイマンの追及テーマは
魂の「不安」と「救済」だと思うのですが
作品によって、その関係性が
人間と神(宗教)だったり
親↔子供、
女性↔女性の場合も多いですね。
本作は、その男↔女バージョンではないだろうかと。
きっと100人の人が観たら100通りの解釈が出てきそうですね。
天国のベルイマン、さぞやニヤニヤしていることでしょう。
Vargtimmen Trailer