バンコクマインド

タイの過去現在未来と音楽映画書籍の旅

不思議の国のトランプカード

 

不思議の国のアリス” といえば

世界でもっとも親しまれている児童小説ですね。

奇妙キテレツなキャラクターがこれでもかと

登場しますが、

なかでも「トランプ隊」の面々は

ユニークな存在です。

 

映画化されたアリス~

は多数ありますけれど

歴代の作品で

どのように映像化されてきたのか

ちょっと観比べてみましょうか。

 

 

もっとも初期の映画作品が1903年製作。

(監督/セシル・ヘプワース、パーシー・ストウ)

子供たちの楽しそうな行進風景ですね。

アリス(メイ・クラーク)は

頑張れ~と子供たちに拍手しています。

 

 

1910年版(監督/エドウィン・S・ポーター)では

カメラが固定されているので

舞台中継のような感じです。

 

 

1915年版(監督/W.W.ヤング)は

初の長編(約1時間)となって

ストーリーの展開に膨らみが感じられます。

アリス(ヴァイオラ・サヴォイ)もハマり役で

個人的には好きな一本ですね。

 

 

1931年版はトーキーの時代になっていますので

アリスの声を聞くことが出来ます。

(監督/バッド・ポラード)

アリス役のルース・ギルバートは

ちゃきちゃき&陽気なキャラ設定。

 

 

1933年にはゲイリー・クーパーケーリー・グラント

出演したオールスター映画が登場。

(監督/ノーマン・Z・マクロード

エンタメ色全開で

トランプカードのシーンは

ミュージカル仕立てになっています。

 

 

1949年のフランス製作版は

人形アニメーションを駆使した意欲作。

カードの場面は短いんですが

カラーになっていることもあって

インパクトがありますね。

(監督/ダラス・バウアー)

 

 

言わずと知れたディズニーの1951年作品では

トランプカードのシーンが最大の見せ場になっています。

まさにアニメの独壇場といったところ。

 

 

ウィリアム・スターリング監督の1972年バージョンは

全篇ミュージカル。

オズの魔法使い” に似た雰囲気がありますね。

 

 

異色な存在が

チェコスロヴァキア

ヤン・シュバンクマイエルが撮った

”アリス~Něco z Alenky ” (1988年)

 

コマ撮りアニメーションを駆使した

実験的な作風です。

 

 

作者のルイス・キャロルが亡くなったのが

1898年(65歳没)

あと10年くらい長生きしていたら

動くアリスを観ることが出来たわけで

どんな感想を持ったでしょうね。

 

生前のキャロルは

自著の挿絵画家に対しても

細かいリクエストがあったようですから

「違うんですよねイメージが。私が監督しますよ、というか私にさせなさい!」

なんてことになったりして・・・

それも観てみたかった気もしますね。

 

JOHN TENNIEL'S ILUSTRATION for "Alice in Wonderland"

LAURA&MILES 1968/1970 二人のオンリー・ワンの微かな交差

 

ローラ・ニーロ

マイルス・デイヴィス

 

どちらも不世出

並ぶ者の無い孤高のミュージシャン。

ジャンルや年齢は違うのですが

この二人が空間を共にしたひと時が

僅かにあったのですね。

1968年から1970年にかけて。

 

 

ローラが空前絶後の傑作

”ニューヨーク・テンダベリー” を

録音していた頃、

マイルスもまた同じスタジオで

”イン・ア・サイレント・ウェイ”

の制作に取り掛かっていました。

 

 

マイルスの手にはトランペットが見えますね。

二人は同じレコード会社に所属していましたので

マイルスがその気になれば

共演の実現も難しくなかったのですが、

 

"YOU DID IT ALREADY"

 

とマイルスは一言呟いただけ。

 

「お前さんにはお前さんのスタイルがあって、充分にそれが表現されているよ。俺が付け足すとパートは無いんだ」

 

という、他者の演奏には厳しいマイルスの

最大限のリスペクトが込められています。

(マイルスが真に認めていた白人のロックミュージシャンはあと、ジョニ・ミッチェルくらいでは?)

 

Mercy on Broadway     Laura Nyro

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二人はその後

ライブ会場では同じステージに立っているようですが

 

 

こちらも共演したということではなく

あくまで別々の登場のようですね。

 

Laura Nyro TV appearance - January 1969

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マイルスはその後70年代に入ると

怒涛のファンクロック路線へ

ローラはレコード制作のペースが鈍り

新作発表の間が空くようになっていきます。

 

マイルスは1991年に65歳

ローラは1997年に49歳で世を去りますが

生前に一枚だけでも

がっぷり四つに組んだアルバムが実現していれば・・・

 

 

でも

この二人だと

意見がぶつかりそうだなあ。

誰か仲裁役にプロデューサーを依頼しないと。

 

ジョニ絡みで

ウェイン・ショーター

やってもらうという

手もあったかな?

 

 

しかしそうなると

一般受けはしないだろうなあ

普通のリスナーだとついていけない

種類の音楽になりそう。

 

オンリー・ワンが二人じゃなくて

三人だもの・・・

 

便利過ぎて悔しい・・・最近のバンコク電車網

 

ちぇっ、快適過ぎちゃうよ。

無茶苦茶スムーズじゃない

乗り換えも。

 

 

いやね、先日

バンコク市内にある入国管理局~イミグレーションに

行ってきたんですけども

電車でね、行けるようになったらしく

乗ってみたんですよ。

 

 

あんれまあ

開いた口が塞がらないとは

このことですがな。

あっという間に着きましたよ。

 

 

以前はね、実質タクシー利用しか無かったんですよ。

(市内中心部から離れたロケーション)

道路がね、凄い渋滞で時間が読めない。

どこのお国もそうだと思うんですが

入管の施設って激混みのことが多いんですよ。

早めに行って整理券貰ったりとかね。

 

だから朝真っ暗なうちから家を出たり。

ホントに半日

下手すると一日仕事だったんですね。

 

そういう時代と比べるとね

快適過ぎちゃってね

ある種、拍子抜けというか・・・

 

 

ひたすら路線バスで移動していた

三十数年前のバンコクとは

まったく別の街になったんですよね。

 

イミグレーションは政府総合庁舎の敷地の奥。無料のシャトルサービス利用が便利

 

でも(懐古趣味はさておいて)

昔のバンコクのほうが活気があった~

賑やかだったような気がするんですよ。

景気不景気の問題なのかな

それとも人の心の在り様?

単に自分が齢を取っただけかしら・・・

 

 

ใจรัก      YOKEE PLAYBOY

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RE-MAKE/RE-MODEL 二人のボニーと二人のクライド

 

俺たちに明日はない

(監督/アーサー・ペン・米)

 

これは無茶苦茶よく知られてますよね。

普段映画を観ないという人にも。

 

 

もう配役がね

ボニー・パーカーにフェイ・ダナウェイ

クライド・バロウにウォーレン・ベイティ

 

 

加えて、ジーン・ハックマンエステル・パーソンズ、マイケル・J・ポラード

という鉄壁布陣のキャスティング。

 

 

キネ旬のランキングでも堂々一位

 

 

絶賛、絶賛の嵐ですね

あらゆる評論家筋から。

 

実はこの決定版に先立つこと9年前にも

ボニー&クライドの映画化はされているんですね。

(インスパイア系を含めると更に他にもあるのですが、あくまで史実に沿った内容の作品として)

 

 

”鉛の弾丸(たま)をぶちまかせ” 

という日活アクションのような邦題が付いていますが

もともとのタイトルは

"THE BONNIE PARKER STORY" 

とシンプル。(監督/ウィリアム・ウィットニー)

 

 

タイトル通り

こちらの映画ではボニーが主役なんですね。

一味のリーダーは完全にボニーで

クライド(ジャック・ホーガン)や他のメンバーの

存在感ははっきり言って希薄。

 

 

そうなるとボニー役の女優さんの芝居が

重要になってくるわけですが

その大役を担っているのが

ドロシー・プロヴァイン。

 

 

これがいいんですよ。

もうマシンガンをガンガン撃つわけです。

事を起こすのに躊躇なし。

 

 

どんな時も自分が先頭

男たちをリードしていくという。

その佇まいは爽快といって良いくらいです。

 

 

二人の最後の場面

初めはクライドがハンドルを握っていますが

 

 

途中でボニーにチェンジしてますね。

非常に良いショット!

 

 

横転した車の大写しでジ・エンド。

ダナウェイ&ベイティ バージョンの

あの壮絶な場面は無しです。

 

全体としては

時間も短く(80分足らず)

予算的にも潤沢でなかったでしょうから

スケール感は67年版にまったく及びません。

脇の出演者たちも弱いですし。

 

でも個人的には惹かれるものがあるんですよね・・・

 

実際のご両人に訊いてみましょうか

どうでしょうね?

 

 

そりゃあ、俺たちのほうが上に決まってるじゃないか。

そうよ、当たり前じゃない!

 

ですよね、そりゃあ

そうですよね

あまりの愚問で失礼しました。

Please don't shoot me・・・

 

scene from "The Bonnie Parker Story" (1958)

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参考書籍

映画検定 公式テキストブック」キネマ旬報映画総合研究所編・キネマ旬報社

「外国映画 ぼくの500本」双葉十三郎著・文春新書

「ぼくが選んだ洋画・邦画 ベスト200」小林信彦著・文春文庫

グルメと非グルメの分水嶺

 

グルメ~食通、美食家の人って

かなり居ますよね。

日本は食の水準が高いですからね

一億総美味しんぼ

みたいなところもあったりして。

 

 

”グルメの条件” って

あると思うんですよ。

 

まずね、調べると。

情報収集。

凄い数の選択肢から絞り込む。

ここでもう脱落する人も居ますよね。

う~ん、適当でいいんじゃないの

みたく。

 

 

で、決め込んだとしても

美味しい店って

だいたいすんなりとは入れないでしょう?

予約必須とか行列覚悟の場合がほとんど。

 

人気店だと相当前から埋まっちゃう。

一見さんだと不利になったり

そもそも受け付けないとか。

 

グルメの人は果敢に挑みますもんね。

少々遠距離だって駆けつけますもの。

 

陸上競技でいえば

400メートルのハードラーですよ。

障壁が続いても

なんのその。

 

日本の身内にそういう人が

居ますけど

味そのものについては勿論のこと

周辺情報にも詳しいんですよね。

 

あのレストランの〇〇は美味いけど△△は不味い・・・

どこそこのシェフはなんたらの店で修行を積んだ後に海外修行に行って・・・

云々。

 

 

私はその点

グルメ完全失格ですね~

 

まず行かない、動かないですから。

そのためにわざわざ出かけるということは

あり得ない。

 

 

行列にも絶対並ばないですね。

というか店内が混んでるだけで入りません。

あとテーブルや座席の間隔がキチキチの場合も

パスですね。

 

 

基準が味じゃないんですよ。

空いててゆったりしてるかどうかが

決め手なんです。

 

味がね、1~2ランク落ちても

そっちのほうが優先順位が上。

(勿論あまりに不味いのは嫌ですよ)

 

 

食についての

文章とか映像を

読んだり見たりするのは

嫌いじゃないんですけども。

 

だから二次元なんですよ

興味のレベルが。

平面的なものに留まってしまってるんですね。

 

だめだこりゃ~

 

なので読書で

堪能することにしましょう。

 

 

平山夢明の ”ダイナー”(ポプラ文庫)

500ページ超のボリュームですけど

これはグルメの方にもお勧めです。

きっとお腹もいっぱいになりますよ。

 

「味付け」が強いので

腹(頭)の具合が悪くなる人も多いかもしれませんが・・・

LAS VEGAS TURNAROUND

 

Sara's off on a turnaround
Flying gambling fools
To the holy land, Las Vegas
Sometimes she's here and sometimes
She can't be found turnaround

 

サラはちょっと

ひとっ飛び

ギャンブル好きのお馬鹿さんを

彼等の聖地

ラスヴェガスへご案内中

ここかと思えばまたあちら

 

 

And Sara's off, half hiding far above the clouds
High she flies I know I've got to find her a place
She can push her toes around in

She needs a place where she can lounge
And wear a gown in Sara turnaround turnaround
Turn, turnaround

 

サラはお空に滞在中

雲の上を飛んでいる

彼女が落ち着ける場所を見つけなきゃ

ガウンを羽織ってくつろげるところ

ああ サラが居てくれたらなあ

 

 

And any night well she's here
Half way 'round the world, oh I could cry
And so I know I've got to pray for delays
And for days till she's besides me

All alone in her room
And her scattered clothes remind me
Sara please
Sara, turnaround

To Las Vegas, turnaround, she's going to Las Vegas

 

今夜も彼女は飛び回っている

ホントに泣きたい気分だよ

いっそ飛行機が遅れればいいのに

彼女が傍に居てくれる日はいつだろう

 

脱ぎ散らかした服に埋もれて

僕は待っている

そう

彼女の部屋で

 

サラはヴェガス便にてお仕事中

 

words by John Oates

 

 

LAS VEGAS TURNAROUND      HALL AND OATES

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70年代洋楽ヒットチャートの雄、ERIC CARMEN逝く

 

びっくりしましたね。

エリック・カルメンが亡くなったと。

 

60年代からバンド活動をしていた人ですが

なんといっても70年代に華やかな足跡を残しましたね。

 

前半はラズベリーズというグループを組んで

4枚のアルバムを発表。

 

"I WANNA BE WITH YOU" (1972)   THE RASPBERRIES

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実質3、4年の短命でしたが

数曲をトップ40ヒットにしています。

 

 

1975年にファースト・ソロアルバムを発表しますが

私、買ったんですよ当時(LPレコードのことね)

 

"LAST NIGHT" (1975)  ERIC CARMEN

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とても良質の仕上がりで

アメリカでもかなり売れたんですね。

(有名な ”オール・バイ・マイセルフ” のオリジナル版も収録)

シングルヒットも何曲か生まれましたし

アルバム収録曲を他のアーティストがカバーして

そちらもヒットしたりと

順風満帆のスタートだったんですが

 

"CHANGE OF HEART" (1978)

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以降は商業的に下降気味、

やがて作品自体のリリースが無くなってしまいます。

(70年代に発表された4枚のソロアルバムは全部買いましたけれどもね、律儀なことに)

 

この人はキャッチーな曲を作る才能に恵まれているんですが

故に、あくまでロックミュージシャンでいくのか

ポップなシンガーとしてのカラーを強調していくのか

立ち位置がちょっと微妙だったような

印象がありましたね。

 

このまま過去の人に・・・と思っていたところ

80年代後半に

”ハングリー・アイズ” ”メイク・ミー・ルーズ・コントロール

と2曲の大ヒットを放ったのはさすがでした。

特に後者は傑作で

「ヒット曲はこう作れ」といった

教科書的作品です。

 

"MAKE ME LOSE CONTROL" (1988)

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振り返ってみると

アルバム単位では

やはり75年のファーストソロがベストワークかと。

(それにしても半世紀も前のことなのだなあ)

 

 

まったくジャンルも時代も違うのですが

テナーサックス奏者の稲垣次郎も亡くなっていたのですね。

(1月に90歳没)

この方はかの ”ハナ肇クレージー・キャッツ” の

創始期メンバーでもあった人ですね。

ハナ肇キューバン・キャッツ名義で1955年に結成後、谷啓植木等が入れ替わる形で加わった)

 

戸井十月著の「植木等伝 わかっちゃいるけど、やめられない!」(小学館文庫)

には当時の日本のジャズシーンについて

植木やハナの面白いエピソードも交えて語られています。

 

”恋はフェニックス”(1969年) 稲垣次郎とオール・スターズ

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偉大なる二人のミュージックマン

リスペクト&アプローズ !