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「戦闘」を記録しない戦争映画、亀井文夫の ”戦ふ兵隊”

 

1930年代中頃から太平洋戦争中にかけて

戦争をテーマとした映画が数多く製作されました。

その多くはいわゆる ”戦意高揚” 映画なのですが、

なかにはその範疇に収まらない

少数の作品があります。

 

 

亀井文夫監督の ”戦ふ兵隊”(1939年/オリジナルは80分だが現在は一部欠損の66分が視聴可能)はその代表的な一本です。

 

映画の冒頭は戦火で住居を失い

茫然と立ち尽くす中国(武漢)の住人を追っていきます。

 

対する日本軍についてはどうかというと

 

 

勇ましく戦っているシーンはほとんど映らず。

映画の中盤で、上官のもとにひっきりなしに報告

&指示を仰ぐ兵士たちが出入りする長尺(10分間以上!)

の場面があるのですが、綿密というよりも

明らかにあたふた、右往左往している様子が強調されています。

 

また、その場所は「中隊本部」となっているのですが

使用されている椅子やテーブル、茶器(わざわざそれを使ってお茶を注ぐ)から、

現地の民家を使用(接収)していることが分かります。

 

 

行軍の途中では動けなくなった馬を置き去りにします。

(この後、地面に倒れ込む)

 

 

また、”休憩中です” と

テロップは一応入るのですが

日本軍の兵士は一様に疲れ切った表情をしています。

 

 

一方、地元の民衆に向ける視線は

慈愛に満ちています。

 

(兵士と地元民の歩行を対比させているカット。兵士のそれは破壊を、地元民は復興に向けて歩いています)

 

 

子犬を抱いた男の子が

カメラに近寄ってくる場面がラスト。

冒頭の老人と対になっていますね。

 

これはもう、明らかに(ひっそりとではなく)反戦カラーが

前面に出た仕上がりで

上映禁止の措置ばかりか、監督は後に逮捕~投獄されてしまうことになります。

 

 

同様の作品としては

木下惠介監督の ”陸軍”(1944年)

における、出征する息子をどこまでも追いかける

田中絹代のシーンが有名ですね。

(ただこちらは、反戦といえるまでのメッセージ性は希薄です。撮影のテクニックと田中の名演技が見どころです)

 

声高に叫ぶことなく(といっても当時はそんなことは出来なかったわけですが)

「疲れている」兵士と「生きることを諦めない」市民が

描かれた異色の戦争映画。

機会があれば、是非に。

 

戦ふ兵隊  オープニング

www.youtube.com

 

参考図書

「日本映画史百年」四方田犬彦著/集英社新書

「天才監督 木下惠介長部日出雄/新潮社

映画検定 公式テキストブック」/キネマ旬報社