現職の医師でもある帚木蓬生の ”逃亡”(新潮社)
上下二段組みで600頁強、ズシリと重い一冊です。
内容もまた重い題材で、憲兵の職務にあった主人公が
戦争中の捕虜虐待容疑により
戦犯として手配され、必死の逃亡生活を続けるというもの。
筆者のメインテーマは医療ミステリーなのですが
他にも太平洋戦争下の人間ドラマを執筆しています。
(こちらの著作は軍医が主人公です。軍人=人の命を奪う 医者=人の命を助けるという相反する立場での苦悩が描かれています)
戦犯を題材とした作品で有名なのが
”私は貝になりたい”
今までに映画化が2回、テレビドラマも2回製作されています。
1958年
テレビドラマ 主演/フランキー堺
1959年
映画 主演/フランキー堺
1994年
テレビドラマ 主演/所ジョージ
2008年
映画 主演/中居正広
58年のテレビ版は、多くのパートが生放送~セリフのミスが許されない~
でしたので、フランキーはじめ出演者の緊張感がひしひしと伝わってくる
一発勝負の迫力が圧倒的でした。
翌年の映画版は現作者の橋本忍が自ら監督。
フランキー以外の役柄はほとんど交代、
役者陣は
とかなり豪華な顔ぶれです。
その後の、所&中井バージョンはかなり年月が経過していますので
映像から受ける雰囲気はちょっと違いますね。
両者とも力演なのですが、ちょっとイメージが ”スマート”過ぎるかなあと。
役柄の設定からするとフランキーのがっちりとした体形が
一番フィットしているような。
(セリフ回し~滑舌の面でもピカイチ。ミュージシャン出身で通常は動きの軽快なフランキーを、閉鎖された空間のなかで ”動けなく” しているところが見どころ)
”逃亡” も ”私は貝になりたい” にも共通のテーマがあります。
どちらも主人公は捕虜に対して直接的な行動を取っています。
まったくその場に居なかった、関与していないというわけではありません。
では責任の所在は誰にあるのか、ということになります。
命令を下した立場の者か?
だとしたら、その命令系統をどこまで辿っていくことになるのか?
それとも実際に銃や剣を手にした者が罰せられるべきなのか?
”私は貝になりたい” では、最終的に
「人間であることを止める」しかない、という結論に
主人公は辿り着きます。
人間である以上、いや牛や馬になっても
同じようなことが起きるのだろう。
であるならば、深い水の底の岩に貼りついているだけの
貝がいいと。
簡単には結論付られないテーマですね。
原作者の橋本忍も、その表現に苦悩したようです。
橋元忍は黒澤明作品や、”砂の器” ”白い巨塔” ”八甲田山” “八つ墓村” など
数々の話題作を送り出してきた「日本で一番有名な脚本家」ですが
2018年に亡くなりました。
ご本人は、4つのバージョンのうち
どれがお気に入りだったでしょうね・・・