ある程度の年齢の方なら
”和歌山毒物カレー事件” のことは
記憶にある方が多いのではないでしょうか。
1998年、町内会の催し物で配られたカレーに
ヒ素が混入されており、63人が中毒症状となり
4人が亡くなったという凄惨な事件です。
犯人として逮捕された女性は無実を訴えるのですが
保険金殺人~同じくヒ素による
を過去に何度も繰り返していた事実が明らかになり
死刑判決を受けて、現在も服役中です。
この事件は確たる物的証拠が無く、
別人物による犯行
つまり冤罪であるとの見方もあるようです。
「悲素」帚木蓬生(新潮社)は
現職の医師である著者が
事件発生から犯人逮捕にいたるまでの過程を
克明に追った”セミ・ドキュメンタリー”です。
名称等には若干の変更が加えてあるのですが
500頁を超える大著。
医学用語が頻出するので決して読み易いわけではないのですが
あくまで医者としての視点が貫かれていて
よくある扇情的なルポルタージュとは一線を画しています。
こちらは多数の著作がある小池真理子の
「沈黙のひと」(文藝春秋)
パーキンソン病に罹患した父と娘の交流が描かれていますが
著者と父親の身の上に起きた実際の経験がベースになっています。
父親と娘の関係は必ずしも良好ではなく
家庭環境もかなり複雑なのですが
徐々にコミュニケーションを取れなくなる父との対話、
死後に残されたワープロの文章の数々から
父親の隠された思いが次々と浮かび上がってきます。
(小説家ではなく)編集者という設定になっている娘は
あくまで冷静で、周囲に感情をぶちまけるようなことはありません。
それは「悲素」の医者も同様で、論理的な思考を大切にします。
しかし内面には、熱い感情がマグマのように燃え上がっていることが
抑制された文章だからこそ
しっかりと読み手に伝わってきます。
じっくり向かい合いたい
重量級の2冊ですね。