およそ映画というのは
誰が観ても理解できるように作られているものですけど
(また基本、そうあるべきだと思いますが)
なかにはそうとは言えない作品もありますよね。
うーん、なんじゃこれ?
みたいな。
正直、途中で止めちゃうもんね、訳わからんわ~の世界
でも監督はじめ製作者側が、
わざわざ観ている人の多くが
首を傾げてしまうような(途中で眠ってしまうような)内容を
目指しているわけもなく、
これには理由があるんですよね。
欧米(に限らず海外)の映画って、その根底に宗教が
ベースになってること多いんですよね。
もうそれが前提~信じている、知識があるということが。
セリフの端々にも登場してきますしね。
なにが当たり前の行為でなにがタブーなのか。
例えば、動物とか果物のショットがあって
ある種の鳥はおしゃべり~嘘つきという意味合いだったり、
果物にも隠喩があるとか(性的な象徴など)
こういうものは何度観ても
そうか!
とはならないですよね、観る側に知識/経験値が無ければ。
そういう意味ではやはり文化圏の違いによる
理解度の差はどうしてもあるかなと。
あと歴史ですね、
過去の出来事(戦争、飢饉、政変・・・)
それに関わる人物&その行い(政治家、革命家、芸術家・・・)
こういう部分も、知ってる/知らない
ことで、理解度(どれだけ初見で楽しめるか)が
違ってきちゃいますよね。
あと監督のスタイル。
エンタメ的な作風の人もいれば、そうでない人も居ますから。
洋画でいうと
イングマール・ベルイマン、フェデリコ・フェリーニ、テオ・アンゲロプロス
ルキノ・ヴィスコンティ、アンドレイ・タルコフスキーといった人たちの作品は
概ね「難しい」~凄いんだろうけど楽しくはない、という評価が一般的。
日本映画でも
観念的なものが多いですかね。
セリフのやり取りとか抽象的ですもんね。
ただ、こういった人たちの映画は
決してわざと難しくしているのではなく
それが表現方法として自然なんですよね。
登場人物の心中を映像化すると、こうなっちゃうんだよと。
むしろ最大限、シンプルにしてるんだけどなあ~
と監督さんは思ってますよ、きっと。
なので個々の持ち味というか作風にハマることが出来れば
決して難解ということもないような気はしますね。
(前述の宗教とか史実に対する理解不足という点は、拭いきれませんけども)
あと字幕、の問題が大きいかな。
(外国映画の場合)
筋を追うには大変便利で、どうしてもそっちを見ますよね。
そうすると画面のほうはやっぱり疎かになりますよ、集中力が。
良い映画ほど、一つ一つの場面に凝ってますから
役者さんの細かい演技、見落としちゃうんですよね。
背景の小道具とかについても(ストーリー展開のヒントになっていることも多い)
セリフ数が多い場合なんて、映像のほうはもうチラッとしか見てないんじゃないかな。
それに字数制限が厳しいですから、
本来のニュアンスが失われてしまうことも。
あえてですね、字幕無しで観るというのも手ですよ。
却って全体像が分かり易かったりしますから。
ダラダラ書いてしまいましたが、
要は、
いや~、映画って本当にいいもんですね
と。
結局はそれに尽きますね、ハイ。
第三の男(監督/キャロル・リード) エンディング
ノスタルジア(監督/アンドレイ・タルコフスキー) エンディング